女の子の魔法

 幼馴染みの兄弟二人と、寮の同室の友人と共に、約束どおりエッドの服を買いにきたのはいいのだが……──
「ミニスカ!動きやすいのがいいよな?」
「フォルク、動きやすさで選んでいるのに、どうしてそんなにぴっちりしたスカートになるんだ?」
「スリットがあるから──」
「却下」
「エッド、エッド、ちょっと冒険して甘めのワンピース着てみない?レギンスとあわせれば裾も気にならないし、可愛いと思うの」
「それはマリアが気に入った服だろう?わたしには似合わないよ」
「着るだけ!試着はただよエッド!この色は絶対似合うと思うの!」
「そうだぞエッド、お兄ちゃんは一度、その脚が存分に生かされている様を見たい!」
(どうしてわたしより盛り上がっているんだろう……)
 二人の暴走を止めてくれるかと期待した相棒は、首を傾げながらも女性物の衣類に熱い視線を向けている。
(むしろラッセのほうが似合いそうなのになぁ)
 一瞬、マリアが渡そうとしている丈の短いセミフレアのワンピースを着ているラッセを想像してしまい、女としてのダメージを受けてしまう。
(ああ……絶対可愛い……)
「エッド?」
 呼びかけられて我に返る。男物の衣服を着た美少女にしか見えない相棒が、可愛らしく小首を傾げている。好奇心旺盛な子猫を連想させる大きな目がこちらを見上げていて、艶やかな金髪を両手でなでたくなる衝動を抑えるのに苦労した。
「ああ、ごめん。聞いてなかった。なんだ?」
「…………嫌か?」
「そんなわけないだろう?」
 反射的に答えた台詞に、マリアは両手をあげて喜んで、フォルクが弟を抱きしめた。
「偉いぞラッセ!お兄ちゃんは嬉しい!」
「なでるな!子供扱いするな馬鹿兄貴!」
「はいエッド、試着したらちゃんと見せるのよ。靴下も脱いでね。サンダルもあるから、それを履いて」
「え?ええ?」
「なに?着方わからないなら一緒に入るわよ?」
「いや……」
 どうやらさっきの『嫌か?』で、試着しないか訊いていたらしい。
 今更そんなつもりじゃなかったとは言えず、エッドは押し込まれるようにして試着室へ入った。
 しかし……──
(似合うのか?似合ってないのか?)
 スクエア襟の、白いセミフレアのワンピースは、背の高いエッドにはやや丈が短いけれど、レギンスやショートパンツと合わせれば、裾が気にならないし、動きやすい。
  覚悟を決めて着替えたはいいけれど、正直似合っていない気がして途方にくれた。だが、マリアに着替えた姿を見せろと言われている。律儀な性格ゆえに、エッドはそれを無視できない。
(…………)
 どうすればいいのかわからないなりに、一本に縛っている髪をほどいて、手櫛で梳かせば、多少は見られるようになったように思う。
 どきどきしながらかかとの高いサンダルにつま先を入れる。こんな華奢な踵では、いざという時に戦えないと思うけれど、試着室の鏡に映る自分の姿は、いつもより脚が長く見えた。目力があるせいで鋭さの目立つ男性的な顔立ちも、下ろした髪の成果か、衣服の可憐さが魔法をかけてくれたのか、少女めいた柔らかさが勝っているようだ。
(…………見られなくは、ない……よな?)
 更衣室の扉に手をかけるが、それを押して外にでる勇気がでない。
 もたもたしている間に、扉のむこうからノックを受けて、思わず下がる。
「エッド、まだ着替えてないの?」
「ああ、いや……着替えたんだけど……」
 ぼそぼそと答えると、あちらから細く扉を開けられてしまった。
「あ。なんだ。似合うじゃない」
 するりと更衣室の中に入られて、数歩さがる。
  着替える場所自体は一人で着替えるには余裕のある広さがあるが、それは土足厳禁のカーペットの上の話で、土足のままでいられる場所は少ない。結果として、エッドはマリアに詰め寄られたような形になる。
「どうして出てこないの?」
 これは実際に詰め寄られているのだろうかと思いながら、答えを探して目を背けると、唇のあたりに視線を感じた。
 華奢な手が伸ばされて、エッドの肩に落ちている黒髪に白い指先が入りこむ。
「エッド、屈んで。遠い」
 言われるまま屈んで、小柄なマリアと目を合わせると、互いの呼気が触れあいそうなほど距離が近い。
「目を閉じて」
「なんで?」
「驚いてもらいたいから」
清楚かつ可憐な微笑で得意そうに言われて、逆らう言葉を見つけられなかったエッドは、素直にマリアに従い、目を閉じた。
「動かないでね」
 何かごそごそしていると思ったら、右の頬に手を添えられて、唇に冷たくて、湿った感触のものが触れた。かすかに甘い匂いがするそれが、ゆっくりと唇をなぞる。
「まだ目を開けちゃ駄目よ」
 次にマリアの手が伸びたのは、エッドの黒髪だった。
 なんとなくマリアのやっていることを察しながら、おとなしくしていると、まるでそれを褒めるように、頭をなでられた。
「もう目を開けていいわよ」
 許可をもらったので目を開くと、楽しげなマリアの笑顔がそこにある。
「はい、背筋伸ばして、あっち」
 言われるがまま背筋を伸ばして、指をさされた方向を見る。
 姿見に映るエッドは、先ほど自分で見た時よりも『女の子』の姿をしていた。
 唇はいつもより艶やかなピンク色をしていて、ブラシで梳られて艶やかになった髪は、ヘアピンで横の髪を留めていて耳がでている。
「…………すごい。女の子みたいだ」
「もっと自覚しなさいよ。エッドは女の子なの。『可愛いわよ』って、わたしに言わせたいの?言ってもいいけど、でもそれって男の役目だと思わない?」
 狭い足場を移動して、マリアはエッドの背後に回ってしまった。
 だが、小さな手がエッドの背中を押すことはなかった。扉を開けるのは、エッドの役目だと暗に告げられる。
 逃げ道を探すように動いた瞳が、再び鏡を見た。
 ──不安そうな『女の子』と、目があう。
『女の子』の自分を相棒に見せるのが怖いと、その顔が語っていた。
 ここから出たくないと反射的に思う一方、この姿を見せたいとも思う。
 ──『女の子』の自分を、認めてほしい。
 浮かんだ望みに、ごくりと喉が鳴った。
(ラッセは、なんて言うだろう?)
 まずは驚く。これは絶対。次に……次に?
(少しは、『女の子』として見てくれるのか?なにか変わる?)
 わからなかった。想像だけなら山のようにできるけれど、確認しなければ正解がわからないままだ。
 だから──
 ありったけの勇気を振り絞って、エッドは更衣室の扉に手をかけた。

〜 END 〜



【著】瑞山 いつき
【illust・web】日野 杏寿
f-clan文庫『相棒とわたし』小話 〔女の子の魔法〕
2012 年4月公開